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光市母子殺害事件で感じた事

白状すると、先週の光市母子殺害事件の最高裁による「審議差し戻し」のニュースを聞いて、この光市母子殺害事件を思い出した。

確か、この事件の犯人が逮捕された時に、その残虐性と動機の稚拙さに、私も激しい憤りと戦慄を感じたのだが、7年もの年月の間に、多くの情報に押し流され、すっかり私の記憶から吹っ飛んでいた。この間、残された夫の本村氏はずっと戦い続けてきた訳だ。本村氏の志の強さには、心のそこから尊敬に値すると感じている。特に人の親という同じ境遇で考えると、皮肉にも「家族の為に戦う父親」の本当の姿を見た気がした。こう有るべきと思うし、こう有りたいものだ。

しかしながら、この事件に関する下級審の「無期懲役」の判決には、疑問が残る。犯行当時「18歳と1ヶ月」という年齢だった犯人を、その年齢の微妙さを理由の一つとして、更正の可能性を鑑みて、無期懲役という判決になった様だが、そもそも18歳未満の少年犯罪に関しては、死刑を極刑としないという少年法の根幹をねじ曲げてしまっている様に思えた。では、18歳以上と同様の判決事由とするには、18歳と何ヶ月となれば適応されるのか、明確して頂きたいものだ。そもそも、犯人はこの世に生を受けてから「18年もの長い間、社会の仕組みや道徳を学んでいる」と看做すのが、法の公平な解釈ではないのか? こんな事が理由になるなら、どんな凶悪犯でも死刑を免れる。オオゲサに言ってしまえば 「18歳と24ヶ月しか経ってないので、少年法を適応しますぅ」と言っているのと同じ事だ。論理の足場としては緩すぎる。メディアの情報を斜めに見て、ネットで情報を集めてみても、この犯人には情状酌量の余地など全く無いと感じるのは、私が必罰主義だからだろうか? そして、メディアで流されていた、この犯人の親の発言にも大きな疑問感じた、この親にしてこの息子である。どう、斜めに見てもこの親は自身の子供に対しての責任をこれっぽっちも感じていないばかりか、自己中心的な考え方しかできていないようだ。そんな環境だった様だ。
今回の差し戻しに関する、本村氏の無念も解るし、これからどうなるのかはまだ解らないが、私は現時点での最高裁の出した結論を支持したい。

以前、こんな話を聞いた事が有る。裁判官の出す判決は、先に判決を決め、過去の判例を元にその判例に矛盾しない理論を構築する事も有るようだ。無論、量刑の公平性を考えれば、有効な手段ではあるだろうし、こうした方法を完全に否定する事は危険な事だろうと思う。しかし「出すべき判決」が極刑となるなら、その犯罪の動機や残虐性は、判例よりも優先し検討すべき事ではないかと強く感じる。人が死ぬと言う事は、言うまでもなく不可逆であり、それが故意の殺人ともなれば、犯人がどう謝った所で遺族の心は癒されることはないからだ。

最後に、いつも巡回させて頂いている、元検弁護士のつぶやき様「控訴審判決はなぜ破棄されたのか。」というエントリーを紹介させて頂きます。本件に関する、法律家の「法律から離れた死刑を考える一人の人間の視点」で書かれています。

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受信: 2006/06/27 18:13

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