« トミカ「楽しい自動車工場」の正しい楽しみ方 | トップページ | AIBO(アイボ)6歳で関西弁を話す »

世界がもし100人の村だったらを見た

林檎の前に座っていて、なにげに居間に行ってみたら、家族がフジテレビの「世界がもし100人の村だったら3」を見ていた。もとのネタはあまりに有名な話なので、詳細は割愛する。

私はこの番組を見ていて、番組終了前に席を立った。リポートされている子供達が背負う過酷な生活、これは本当に涙無くしては見られない。この部分を知る事は、大きな価値があると考える。本当に目を背けたくなるような現実である。しかし、私が席を立ったのは、これが理由ではない。この番組の演出と構成に憤りを感じたからだ。

近年、民放のこの手の番組を見る度に思う。一体、この出演者というのは何か?  過酷な事実が伝えられている画面で、時折り、卒業写真撮影の欠席者の様に画面の隅に出て来る出演者の表情、そして深刻な話題の間に挟まれる無意味、低レベル、ステレオタイプな議論。言ってしまえば時間の無駄だ。こんなバカバカしい事に時間を割く位なら、もっときちんと取材をし、伝えるべき事が有る筈だ。ドキュメンタリーはバラエティ番組じゃない。まあ、こんな事をフジテレビに期待すること自体、間違えているとも思えるが。

一部の番組を除く、民放のドキュメンタリー(ライクな)番組の多くは、数年前からこのテの手法をとっている。人の心を掴むという点では効果のある演出かもしれない。しかし、本当に伝えるべき事は何か、ここを考えると、大きな疑問を感じざるを得ない。とても重い問題だけに、こうした作り手側の「蛇足」が話題を軽く見せる。

|

« トミカ「楽しい自動車工場」の正しい楽しみ方 | トップページ | AIBO(アイボ)6歳で関西弁を話す »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/32843/4129833

この記事へのトラックバック一覧です: 世界がもし100人の村だったらを見た:

« トミカ「楽しい自動車工場」の正しい楽しみ方 | トップページ | AIBO(アイボ)6歳で関西弁を話す »